登山記録

登山の記録です

2024-01-08 宝剣岳(雪山講習)

0.近況

2023年も色んな山に行けた。パノラマ銀座や北岳空木岳は行けてよかったとしみじみ思う。出張にかこつけて尾瀬日光白根山に久々に行けた。宇都宮はかなり好きな街だと実感した。記念日に前橋 白井屋ホテルに泊まったのも非常に刺激的で、名古屋大阪以外で住むなら北関東がいいなと思った。

年末はここ3年の恒例となった八ヶ岳、本沢温泉→硫黄岳に行った。驚くほど雪が少なかった。全行程チェンスパしか使わなかったし帰りには雨に降られた。本沢温泉を堪能できたので結果よかった。

 

妻が本格的に雪山を始めたいということで、12月に雪山講習@木曾駒ケ岳の予定を入れていたが悪天候のため中止となった。諸々装備を買いそろえ、準備万端の妻が意気消沈するのを見て悲しい気持ちになっていた。

幸運にも1月に振り替えることができたため、先日木曾駒ケ岳まで行ってきた。充実感を感じた一方、身につまされることもあったため記録する。

 

1.1/7 駒ヶ根前泊

1/6は中高の頃の友人とその友達(野郎30人!)の新年会があった。当時熱中していた太鼓の達人で繋がった人たちなのだが、再会するのは10年ぶりくらいのメンバーがほとんど。どうなることかと思ったが、会ってみるとみんな良い意味で変わりなく、タイムスリップしたような気持になった。当時は隠れオタクだったし、この繋がりが無かったら息が詰まっていただろう。あと当時見ていたコンテンツが「10周年!」「15周年!」となっているのを見るとビビる。あの時好きだったものは今も好きだし、歳は取ったがあの時の自分と今の自分は概ね同じ、相変わらず凝り性だと実感した。

1/7、15時発のバスに乗り駒ヶ根に移動した。到着すると駒ヶ根駅周辺は雪が降りシャッターが目立って寂しい印象を受けたが、要所の飲食店は開いていて賑わう店舗もあった。ソースかつ丼を食べ、クラフトビールを飲んで就寝した。

 

2.1/8 宝剣岳

朝7:30に、駒ヶ根駅で講師のエグチマウンテンガイド 江口さんと合流した。2022年頭に、銀と参加した伊吹山雪山講習でお世話になった以来だ。あの時は私と銀、おじさん2名の4人で受講だったが、今回は私と妻2名参加の実質プライベートレッスンである。

他のガイドさんを知らないので比較できないが、以前の伊吹山講習は大変タメになり雪山登山のレベルアップを実感できたので、今回もお願いすることとした。

(ご参考:HP)http://www.eguchi-mt.sakura.ne.jp/

駒ヶ根駅から出発し、途中菅の台でチェーン装備バスに乗り換え駒ケ岳ロープウェイ駅へ到着した。

ロープウェイの先頭には、白いメットをかぶり赤いウェアを来た面々が並んでいた。レスキュー隊の方たちである。前日に、宝剣岳千畳敷辺りで遭難者がいるニュースを見た。その救助に向かう姿だった。

newsdig.tbs.co.jp

意外と一般登山者と同じように向かうんだな。先行者も居たと思うが。

 

駒ケ岳ロープウェイを登りきると、外は暴風に吹雪で真っ白だった。9時についたが、風など収まる10時くらいから始めましょうということでロビーでぼーっとしていた。時折風がやむと、きれいな千畳敷南アルプスの山々が見えたのでバシャバシャ撮影していた。

10時前になると風が弱まり視界が一気に開けた。岩々しい山が真っ白に塗りたくられている。

よーく見ると、登山者がアリのように連なっている。レスキューの方を先頭にしているのだろうか、1時間弱でかなり進んでいた。前日までの雪で一面ズボズボのはずだから、ラッセルして進んだと思うとパワーすごすぎてビビる。

先行者の踏み跡を辿りながら私たちも登山開始。登る前に「せっかくだし宝剣岳登るか?」と江口ガイドから聞かれたので、二つ返事でOKした。夏も登ったことなかったから期待に胸が高まった。

 

しばらく進むと斜面が急になる。後続にも追い立てられながら、適宜休憩をはさみ登り詰めていく。上がるにつれて風も強くなっていった。こんなペースの我々に丁度よく合わせて歩いてくれるのはプロのガイドは流石だなと感じた。

 

1時間ほど登ると乗越浄土に到着した。すごい景色!しかし爆風でそれどころではない。

小屋の辺りで一時休憩しながら写真を撮る。

ここで予め装備していた簡易ハーネスにザイルを装着した。伊吹山でもロープは使わなかったので、ザイルで繋がったのは初めてだ。江口ガイドを先頭に三人連なり歩いていく。

真ん中になった妻は、前から引っ張られたりザイルが足に引っ掛かりそうになったりと歩きづらそうだった。真ん中が安全というが、不慣れな時は苦労も多そうだ。

剣岳へ取り付くまでが一番風が強く倒れそうになった。妻は風に煽られてこけていた。特に怪我無く良かったが危ない。時折耐風姿勢を取りながら進む。顔の地肌が出てしまっている部分が痛い。やっぱゴーグル要るか...と反省した。

 

ちょっと進むと鎖がついた細い道にでた。ここから宝剣岳に取りつくようだ。ピッケルを刺しながら歩いていくと、雪面に刺さったピッケルとツェルトが見えた。雪洞だった。

中にはザックなどの装備が見える。江口ガイドが中を覗いて人がいないか確認する。既に誰もいないようだ。恐らくこれが、遭難者が一晩を明かしたビバーク先だ。よくよく考えると、乗越浄土の開けたところでレスキューの方がブルーシートを広げて寝袋のようなものを包んでいた。あれが遭難者だったのだろう。

「なんでこんな風が強く危険なところに雪洞を掘ったのだろう?」「よくこんな立派な雪洞を掘れたもんだ」「ビバークに必要な装備を持っていて、緊急対応することが出来る知識とスキルがあったからこそ助かったのだろう」など、色々な感想がよぎった。一方で冷静な気持ちもあり、そのまま江口ガイドに連れられ先を進んだ。

更に進んだところで別の集団とすれ違いになった。非常に狭いところで5人くらいとすれ違う羽目になりヒヤヒヤした。よく見ると先頭はガイド、あとは連れられた客のようだったが、みな一様にストックで歩いており大丈夫か??と思った。あとガイドの指示も要領を得ない印象を受けた。江口ガイドも苦言を呈していた。相手も思うところあっただろうが、質もピンキリだな~と感じた。

 

最後、雪面を登りきると宝剣岳山頂についた。驚きの快晴であらゆる山が一望できた。

短時間の登りだったが、22年5月の火打山以来の本格的な雪山登山で充実感が漲ってきた。できないことができるようになる喜びや、文字通り壁を登り切った達成感は山が面白い理由だと強く感じた。しばらく景色を眺めてきた道を戻った。

剣岳の下りは私がリード、後方で江口ガイドが安全確保しながら適宜指示を飛ばす形で進んだ。当然下りの方が危なく、どう進めばいいか分かり辛かったので進むのに難儀した。私は四つん這いになってズボズボ下るのに割と慣れていたので楽しく進めたが、妻は相当怖かったことだろう。できる限り妻に進み方を伝えながら、何とか下りきることができた。

妻は「言われんでもわかっとるわい」という気持ちだったろうし申し訳ない。ただ、先行する立場として何も言わずに事故が起きてしまったら、後悔してもしきれないという恐れが間違いなくあった。

その他、つま先が冷えて足の指のサイズが2倍に膨らんだように感じた。これが悪化すると凍傷になるのだろう。次からは靴用カイロを絶対入れていこうと思った。

 

再び雪洞を横目に乗越浄土の方へ戻った。雪に埋まる小屋を風よけに休憩してから、雪山講習らしく雪面の昇り降りの方法やアイゼンでの石の上の歩き方を学んだ。これ最初にやってから宝剣岳行くべきだったのでは!?と思っていた。

 

訓練の後ロープウェイまで下った。ここでも平時の下り方や、石混じりの雪面の下り方を学んだ。妻が「西穂独標に登りたい」と言っていたのをかなり重視してくれていたように感じる。ある程度雪がついた状態なら、もう登れるだろう。

 

終盤、妻がスタミナ切れしていてかなりかわいそうだった。思い返すと昼食を摂らず進んできた。ただロープウェイの時間が迫っておりジレンマだった。

14:55のロープウェイにギリギリ駆け込み下山した。大変お疲れさまでした。帰りのバスでカモシカが出没、運転手が停まってくれてありがたかった。

 

3.感想

江口ガイドのおかげで安心して宝剣岳に登ることが出来た。私自身は復習が主だったので新規にどうこうという訳ではなかったが、初見のルートを安全に進むのは自分だけでは困難だった。伊吹山と比べると妻が新規に学べた内容は少ないように思えたが、その辺の基本動作は私から教えるようにという考えだったのかもしれない。

 

全身運動で雪面を登っていける楽しさ、誰も踏んでない道を自分で拓いていける充実感は得難いものだと実感した。車も手に入る予定なので、2024年は更に挑戦していきたい。

それと同時に、一歩間違うと取り返しのつかない状況になることも強く実感した山行になった。遭難した方のように、ビバークすることが出来ただろうか。不誠実なガイドのようにならず、正しい道を進むことができるだろうか。

1/13に妻が申し込んでいた雪山講習をオンラインで視聴していた。テーマは「”自己流”雪山登山者が陥りやすい危険」...(定義からすると、山岳会など組織に所属しない登山者を指していたので範囲は広すぎるが)正に私のことである。

とりあえず、ツェルトとスコップ買うところから始めようと思います。皆さんご安全に!