登山記録

登山の記録です

ヤマケイオンライン掲載記事一覧

度々ヤマケイオンラインに記事を寄稿し掲載頂いています。

  URL 掲載年月日
黒戸尾根から残雪の甲斐駒ヶ岳へ。友人と過ごす七丈小屋の一夜 https://www.yamakei-online.com/yama-ya/detail.php?id=3161 2024年5月14日
ミステリーランチが背負い心地はそのままに軽量化に挑んだ「レイディックス 47」読者レビュー https://www.yamakei-online.com/yama-ya/detail.php?id=3192 2024年5月29日
ハト峰峠~愛知川源流、鈴鹿山脈の奥深き渓谷を探検する https://www.yamakei-online.com/yama-ya/detail.php?id=3339 2024年7月23日
中央アルプス越百山、南駒ヶ岳周遊。激走!コスモサーキット https://www.yamakei-online.com/yama-ya/detail.php?id=3396 2024年8月14日
三ノ沢岳で紅葉の中央アルプスの静かな山歩き https://www.yamakei-online.com/yama-ya/detail.php?id=3569 2024年10月24日
屋久島デビューするならこのコース ~2泊3日の屋久島縦走記~ https://www.yamakei-online.com/yama-ya/detail.php?id=3987 2025年5月22日

ライブに行ってきた話

3/20、21とアイカツプリパラ合同ライブ ミラキュラスステージへ行ってきた。

2025/10に映画が封切りされ、絶対にやるだろうと思っていた、きっと最初で最後のステージ。
全3公演は行き過ぎたと思ったが、終わってみれば一瞬だった…。
 
そもそもの映画があり得ない尽くしだった。
ファンサービスとライブに特化した映画は満足度が高くニッコニコだった。下手にストーリー重視していたら、中途半端になっていたことだろう。ライブパフォーマンスのパワーで時空が歪んで最高だった。
 
その縁もあり、先輩に誘われて2025/11にi☆Ris 13thライブに飛び込み参戦したがこれも大層良かった。
個別に存在は知っていたが、全員の個性がぶつかりあってi☆Risとしてライブしてるのは迫力があった。地元が近い若井さんがちっちゃくてかわいいが遺言でねじ伏せられて驚いたし、いつか山で会ってみたい茜屋さんはイケメン感が強く良かった。Realize!は涙腺に効く。
 
その他、2026/1アイカツロックフェスもう一回、2月にアイカツプラネット5周年イベントに参加できて供給の多さに感謝感激していたのだった。
 
多くの機会と幸運に恵まれ、プリパラ勢のパーソナリティを一定分かった状態で臨んだアイカツプリパラライブは、予測不能でギャップに溢れた面白すぎるものだった…
 
まとまらないので箇条書きすると
・ahahaの芹澤優がよすぎた
・アッハッハッハのコールが不気味でおもろい
・ハローハロー!?!? ひなきの生き様に涙
・チュチュバレをバキバキに踊る牧野由依
・久保田とりえが並ぶと清楚アイドルユニットになって嬉しい
・コノウタトマレイヒ、ジャンプしながら歌っててすごい サイリュームが「草原にお花が咲いてるようで」は慈愛に溢れている
・純・アモーレ・愛、宝塚で見たミュージカルのクライマックスのようで圧巻 何が一番良かったかと言われたらこの曲を挙げる
斎賀みつき様… みほのキック最高 何気に新衣装、本当におめでとうございます
これ聴いてるとサンホラが連想されて物語性が強まった アイカツ先生アモーレ編があったっていい
・Chica×Chica、luck trainは一番アイカツのライブに参戦していた時期を一気に思い出して感極待ってしまう 早紀様、最初から演ってた?
・レオナとドロシー、本物おって凄い
・ずっちゃんライブ盛り上げ大臣 ずっとドロシーがなんか言ってて面白すぎた
・コズミックストレンジャーとロンリーグラヴィティ、こんな無法が許されるのか!?
ある意味、アイカツとプリパラの出会いは未知との遭遇でライブのテーマにマッチしている楽曲、かもしれない にしてもこれを演ろうと決まった経緯を早く開示してください ずっちゃんがやりたいと言って実現した説を推したい 感極まりながら踊るオタクになっていた
・この辺りから過剰供給で記憶が飛び飛びになっていた気がする
・Pretty Pretty、セリフをソラミに言わせようぜとしたの天才すぎ 異次元ライブだった
・トライアングルスターの踊り好きになった
知ってる曲で楽しかったが、実はライブではレア曲らしく驚いた
・このあとの曲は大体感謝と感動を噛み締めながらみていた ダイヤモンドハッピー、ハッピークレッシェンド、Shining Line*と、アイカツ贔屓かもと思い申し訳なかったが最高だった
 
初日は頭をぶん殴られるばかりのライブでめちゃくちゃに疲れてしまい、打ち上げ飲み会を早々に離脱し早く寝たのだった。
二日目は奇跡的に体調回復し、冷静にライブをみてバランスよく楽しむことが出来てよかった。
2回目の昼公演はセトリ入れ替えがあり嬉しかった。
3回もライブに行くと、一曲一曲の記憶がしっかり根付いてて嬉しかった。未だにふとした時にahahaのコールが浮かんできたりする。
 
振り返って、印象深かった点がいくつかあった。
①プリパラ勢の出演スタンス
 みんな「キャラ」として存在していて面白かった。i☆Risの皆さんはもちろん、ガァルマゲドンは名乗りも省き徹底的にガァルマゲドンとして存在してて驚いた。トークでえりさんとかがガァルルとフリートークしていて、これが最先端のXR空間か…と思った。
i☆Risのライブでは当然本人として出ているので、そこで見た印象とのギャップが際立ち良かった。若井さんも地声ではほとんど喋っていなかったのでは? この人が遺言歌ってたのか…と驚いていた。他にも、イケメンの茜屋さんがらぁらとして出てくると見事に可愛い側の存在になっていて良かった。どっちにも振り切れる幅広さがある。芹澤優がみきと結構しっかり仲良くなってる感じをいじられてるのはおもろすぎた。これもi☆Risのライブ見てなかったら分からなかったので得した気分だった。
 
②アイカツ楽曲の幅広さ
プリパラ楽曲は基本的にアイドルらしい楽しい曲が多い印象。(トリコロールを除く)
アイカツ楽曲は相対的にオシャレ感強い印象。そう感じるのは石濱楽曲のそれだったり、曲ごとにジャンルを変えて特化させていたり、スタンスの違いが感じられて面白かった。
 
③暴力的なセトリ
いつものアイカツのライブは、間髪なく予想を裏切り続ける私の中で世界一面白いライブなのだが、それでも多少手心が加えられていて休憩する隙があったのだな、と理解した。
今回のライブは休憩する隙のない攻撃に全振りで今までになく疲れ果ててしまった。そもそも、体調悪かったのかもしれないが…。
1回参加だと消化不良になってたので、たくさん参加できて本当に良かった。
 
これから6月にアイカツロックフェスタなども予定されている。スターズも10周年!?いける限り参加したい。

2025-04-26~30 屋久島探検

■2025年は島と、海外に行こうと思っていた。まずはゴールデンウイークどうしようか。

とりとめもなく調べていると、屋久島・宮之浦岳にいきついた。
一体どうすればいいのか…とりつく島のない中色々調べると、段々と島の全体像が分かってきた。
特にYAMAPの縦走記録が役立った。もろもろ調べてコースを定め、航空券と宿を予約した。
フリープランのツアーにすることも考えたが、登山口が固定されてしまうのと、使わない宿を予約するのが申し訳なく今回は個々に予約した。
4月に入り、ふと後輩のKくんに声をかけた。しばらく経ち連休2週間前位に来るとなり、今回は二人で屋久島を巡ることとした。
4月は色んなことが起きて辟易してきたが、これを楽しみになんとか乗り切れたのだった。
 
■今回のコースは以下。
1日目は羽田空港から鹿児島空港経由で屋久島に入り、主要2港の1つ、安房港辺りに泊まる。
2日目はタクシーで淀川登山口へ向かい、宮之浦岳を通りその奥の永田岳を越え、鹿之沢避難小屋に泊まる。
3日目はゆるゆると歩くつもりで、新高島小屋か高島小屋で泊まる。
4日目は縄文杉を越え、白谷雲水峡へ下山する。宿泊はもう1つの主要港、宮之浦港とした。
5日目はボーっと過ごして羽田に帰る。
山メインで4泊5日。長いが移動と山ばかりであっという間の行程だった。

 
■ここで、今回調べた屋久島登山事情を共有する。
・主要登山口は、白谷雲水峡、荒川登山口、淀川登山口の3つ。他にも沢山登山口はあるが、バスが通っておらず人も少なそうで上級者向けという印象。
・荒川登山口はバスが最も早く出ており縄文杉に近い。白谷雲水峡は、バスも考えると縄文杉に2番目に近い。どちらも縄文杉トレッキングツアー客が多く入る。
・淀川登山口は標高が最も高く、宮之浦岳に近い。バスがあるが出発が遅い。到着してすぐバスに乗り、登山口から40分程度歩いた所にある淀川小屋に泊まるのが最も効率的な動きになる。
・レンタカー利用が盛んだが、どこも駐車場が少なく大変そう。何よりピストン必須。
・淀川登山口にはタクシーで約8000円(今回は7340円)、いけないことはない。
・白谷雲水峡はここ自体が見所ある場所で、13時台と16時台に帰りのバスがでている。
→総合して、今回は淀川登山口から白谷雲水峡に抜けるコースを二泊三日で歩くことで屋久島の山を満喫しようと考えた。
なお、山中にあるのは避難小屋のみで山小屋はない。避難小屋にはテントが張れるようになっている。

 

屋久島の山で泊まる際の必須アイテム4選

1.浄水器

 登山道中の水場は原則小川なのであると安心。水はかなりおいしかったものの、直に飲むのに抵抗がある方は持参するべき。

2.携帯トイレ

 避難小屋は原則携帯トイレしか使えないので持参必須、とあった。ただ、いざ来てみるとそれだけではなかったので、泊数分あれば足りるのではないかと思った。

3.トイレットペーパー、ティッシュ

 トイレはあれど紙はほぼ置いていないため必須だった。

4.カラビナ

 屋久島の避難小屋では、ネズミに食い荒らされないように食糧を吊り下げるのが望ましい。紐やフックが沢山あったので、引っ掛けることができるようにカラビナを数個持っていくと役立つだろう。


★ガス缶(OD缶)事情

 屋久島空港でもガス缶を販売していたが、売り切れの場合や大きいガス缶しかない場合があるため、主要2港付近で入手するのがベターである。私が確認した販売場所は以下のとおり。

1.宮之浦港エリア

 スポーツ用品店「ナカガワスポーツ」やお土産物屋「屋久島観光センター」で販売していた。

2.安房港エリア

 登山用品店「山岳太郎」で販売していた。尚このお店では屋久島限定モンベルTシャツも販売している。宮之浦港エリアには売っていなかったため、買い逃さないよう注意されたい。

3.その他

 鹿児島から船で移動する場合は、モンベル鹿児島店などで購入するのがよい。

 
■GW前日まで万博にいったり、名古屋で自分主催の懇親会があったりと目まぐるしく過ごしていたその前の週に治りが悪い風邪を引いたこともあり大変不安だったが、初日の飛行機を11:55発としたことで事無きを得た。
羽田のゴールドカードラウンジは最低限だったが、鹿児島空港のラウンジは焼酎が置いてありアツい。芋のソーダ割りが最近好きで、ようやく焼酎を楽しめるようになった。
今回乗るのは小型プロペラ機。いいビジュアルである。
飛び立つとあっという間に着陸態勢に入った。右手に屋久島が近づいてきた。想像したより、はるかに大きい。これに登るんだなとしみじみ思った。九州最高峰であり、西日本最高峰の石槌山と比べても50m程の差。納得の迫力である。

 
16:20くらいに屋久島空港に降り立った。今まで見た空港で一番小さい。荷物も手渡し式でカルチャーショックだった。
空港にガス缶が売っていると見たが、デカいのしかなかった。
 
そして安房港に行くバスが17:13発…何もないところでボーッと待った。スズメがちょろちょろしており、島でもいるんだなーと思った。
 
バスに乗り警察署前で下車、安房港側の登山用品店、山岳太郎へ行く。
中は広く品揃えが良かった上、屋久島オリジナルのモンベルTシャツが売っていた。宮之浦にもあるかと思ったら、なんと山岳太郎限定だった。買い逃しがないように…。
なお宮之浦にはノースフェイスの限定Tシャツがあった。コットンなので山には向かないのと、デザインは普通だった。
 
また、ガス缶は豊富にあったので買うならここだなと思った。18:30閉店につき要注意。ここでは携帯トイレのみ購入。(ガス缶はKくん頼んでいた。) 宮之浦側でもガス缶は山道具屋やお土産物屋で買える。泊まる宿によっては、他の登山客が置いてったガス缶を貰えるかも。
 
安房港で泊まるところを探しているときは沢山飲食店がある感じだったので、賑わっているのかと思いきや全くそんな雰囲気はなく、民家の間に民宿やお店が点在している形だった。
今回泊まった場所は値が張ったが相応の満足感でよかった。オーナーの本業がパチンコホール経営ということで、なぜかパチンコ業界に詳しくなった。
18:30に高速船で安房港にきたKくんと合流し、安房港唯一のスーパーのコープで買い出しする。
Googleマップの営業時間は19時までだったが、3ー10月までは20時まで営業だそうで一安心だった。品揃えは良い。鳥刺しが売ってたのは鮮度に自信ありすぎる。
 
19時半、安房では有名という焼肉屋のれんが屋へ行った。この日は予約でいっぱいということで…予め電話しておいて本当によかった。

ヤクシカが食べられるのがウリであるが、縄文牛やふつーの牛も大変おいしく大満足だった。シカのハツはレバーとハツの間の子くらいで満足感があった。鳥のせせりも美味、鹿児島、肉がうますぎる。
帰りにもう一軒寄り海鮮茶漬けを食べて宿に戻った。宿ではオーナーがなみなみコーヒーを淹れてくれてよかった。
 
■2日目、7時にお願いしたタクシーに乗り淀川登山口へ向かった。タクシーはこの日ひっきりなしに呼び出されているそうで、宿の人経由で予約しておいてよかった。
この時間で登山口駐車場は車が溢れており、目の前にいた車も戻りようのない場所でUターンしていた。今回の旅は、備えたプランが軒並み当たっていた。
 
淀川登山口には水洗トイレがあり助かった。準備をして登山開始。静かな森歩きだ。淀川小屋を越えたあたりから、いよいよ世界遺産指定エリアに入る。木々が迫るようで何より空気が澄んでいるように感じる。湿度は高いが全然嫌な感じではない、いい空気だった。

しばらく歩くと、花之江河という湿原についた。日本最南の高層湿原だそうで。まだ雪解けたばかりかな?という雰囲気だった。梅雨以降のシーズンがよさそうだ。
ここからズドンと登る山が見えたので、気分が良かった。
 
ペースも良かったので、寄り道して黒味岳に登った。宿のオーナーも、タクシーのおじさんも「黒味岳の景色が一番いいぞ」と言っていた。
分かれ道に荷物をデポして登る。道はロープをよじ登る箇所もあり結構険しかったが、空身なので楽しく登れた。
登る程に巨大な奇岩が近づいてくる。山頂に着いた。でっかい岩をよじ登ると、そこは屋久島の中心だった。
大きな峰が3つ連なっている。あれが宮之浦岳と、道中の安房岳などだろう。山々の奥には水平線が見える。大きな山々の奥に一面の水平線が見えるのは大変不思議な感覚だった。ただ黒味岳は爆風だったため、そそくさと降りて先に進む。
 
宮之浦岳への道中は、緑の中の木道を抜ける気持ちのいい道だった。前も後ろもでかい山と奇岩に囲まれて島の深部にいることを実感した。

ちょっと開けた場所に出るところで、なんと後輩Sくん夫妻にばったり遭遇した。甲斐駒に行ったり、年末八ケ岳にいったりした仲である。知り合い誰か会うかな?と思ったが、まさかこんな近い友人にあうとは思っていなかった。記念撮影をしてお別れ。また登りに行こう!
 

モアイみたいな岩もあった。
進むと栗生岳へ登る道が見えた。流石に人がちらほらいる。日差しを遮るものがなく、4月というのに気分は夏。ちょっと熱中症になりそうで困った。栗生岳を越えて更に登ると、宮之浦岳山頂に辿り着いた。

これまで来た道がよく見える大展望だった。黒味岳からは見えなかった永田岳がよく見えてかっこいい。

今からこれを超えると思うと、辛い気持ちもよぎった。地図で見るより遠くデカい。
大小の陸地は、種子島口永良部島といった大隅諸島だ。モクモクと煙っているのは活火山を擁する硫黄島だろう。遠くには富士山と見紛うばかりに端正な開聞岳が浮かんでいた。これも地図で見る以上の雄大さを感じた。
島を見渡すという意味では、黒味岳に軍配が上がったのでみんなも寄り道してほしい。
 
しばらく休憩して永田岳へ向かう。途中、縄文杉の方へ向かう三叉路を左に行ったらスタートだ。これまでの道より、あまり人が入っていない雰囲気を感じた。相変わらず日差しを遮るものがない。このまま続くとヤバいな〜と思いながら歩く。
山頂直下に、永田岳山頂へ続く道があったがスルーしかけた。山頂から降りてきたおじさんから「山頂行かないの!?」と声を掛けられてハッとした。こっちへの道は、黒味岳より断然近かった。
山頂からは宮之浦岳がよく見える。また、見下ろした先にキレイな浜が見えた。あれが永田だ。エメラルドブルーとはこのことだなと思いながら随分高いところまで来たことに嬉しくなった。

山頂は巨大な岩の上。一部日陰になっていたところがあったので、しばらく休んで永田岳を鹿ノ沢小屋へ向かって下った。
 
この永田岳の下りが曲者で大変だった。急な傾斜で歩き辛い。途中、ローソク岩が見張らせたのは気持ちよかった。

岩の下りが、途中から藪道に変わる。引き続き歩き辛い。ウネウネとした木々が空恐ろしい上に道を分かり辛くしていた。

地図上は近いのに急な下りが続いて辟易していたら、不意に森が開けて小屋が現れた。鹿ノ沢小屋到着だ。テントを張る気でいたが、翌日大雨の予報だったので避難小屋泊することとした。

先客は外国人のお兄さん1名。熟練のスルーハイカーという感じで、木の板の上に寝っ転がって分厚い本を読んでいて様になっていた。
避難小屋は1階部分に6〜8人寝れそう、かつロフト部分にもうちょっと入れそうだった。年季が入っているが、堅牢で安心感があった。また沢山吊るせる紐やフックがあり、食糧をネズミに齧られるリスクも大幅に下げられそうだ。

水場は小屋の裏の沢である。浄水器を持ってきてよかった。トイレは、小屋の奥の道を進んだ所にあった。携帯トイレ用かと思いきや、コンクリの床にただ穴が開いてるだけのボットン便所だった。結果的に携帯トイレを使用しなくてよくなった。
 
このまま行動終了し、小屋で寝たりコーヒーを飲んだり飯を食べたりした。登山中は快晴だったが、段々と曇り空になってきて明日の悪天候を予感させる。
この日の避難小屋は3人だけかな、と思ったら、17〜19時にかけて4人駆け込んできて結果7人で泊まることとなった屋久島、コースタイム管理どうなってるんだ、と思ったが、これはまだマシであったと翌日思い知らされた。
 
■山行二日目。この日は朝から大雨。事前に見たヤマテン予報では午後から回復傾向とあったため、様子見しつつ停滞した。この間に積読してた方舟と、プロトコルオブヒューマニティを読み終わった。
方舟は、推理のギミックは面白いかもしれないが、人間も場所も推理のためのツール感が強すぎてあまり楽しめなかった。ノベルゲーとかにしたら、人物に多少感情移入できて楽しめると思う。書店、ちょっと持ち上げすぎ。
プロトコルオブヒューマニティは近未来での義足ダンサーの話。BEATLESS以来の長谷敏司作品。
AIや義足テクノロジーの面と、認知症を患う偉大な父の介護の面が同じ密度で描き込まれる中、義足の自分にしかなし得ないコンテンポラリーダンスの最奥へ向かう護堂恒明のことを、すぐ近くに感じられる不思議な小説だった。
 
13時前、霧吹きで吹いたような雨になってきたので新高塚小屋に向けて出発した。急な登りをよじ登って森林限界を越えると暴風に晒されて大変だったが、雨は降っていなかった。霧雨は木々から吹き飛ばされたものだったようだ。長いと思った永田岳に、45分程度で着いて一安心。そこから三叉路を左に進み新高塚小屋・縄文杉方面に向かった。稜線は風が強く大変だったが、森の中に入ると大分マシになった。
雨は降ってないとはいえ、足元から草まで至る所が水浸しで全身濡れた。特に上のレインウェアは機能不全で腕がびしょ濡れ、そこから滴った水が防水手袋内に侵入して最悪だった。また、いつの間にか靴の中も濡れていた。靴底から浸みた感覚はなかったため、恐らくずり落ちたゲイターの隙間から水が入り、足を伝って靴の中に入ったようだ。防水装備は気にかけていた分、失敗を突きつけられてモヤモヤした。帰ってすぐゲイターは買い換えた。レインウェアは検討中…ミレー ティフォンの手触りに勝るウェアがないが、色がよくない。今はファイントラックなどを検討している。
 
霧深い森を歩いていると屋久島に来た実感が再度湧いてきた。淀川口からの道、山頂付近、そして三叉路~縄文杉方面で山の表情が大きく異なり、一番屋久島らしさを感じられるのはこの道だった。

雨の中、一組すれ違ったので新高塚小屋の状況を聞いたところ、そんなに混んでないとのこと。平時は大混雑と聞いていたため、こればっかりは雨に感謝。
 
2時間半歩いて新高塚小屋へ到着した。避難小屋入口には屋根と衣類を干せる紐、ベンチがあり濡れた衣類と荷物を整理するのに便利だった。

避難小屋内は1階部分の上にロフトがあり広かった。ただこれ以上人が入ると手狭に感じたのと、せっかく担いできたテントを使いたいと思いテント泊することとした。小屋の横にある広い木のデッキがテント場だ。先客は4名(内2人は昨日同じ避難小屋に居た)。パッパと設営し、避難小屋入口で荷物を整理した。濡れたウェア類を小屋で干せて大変助かった。
トイレは3つあり、内2つはバイオトイレだった。またしても携帯トイレを消費せず済んだ。水場はテント場の奥にある小川。念のため浄水器を使った。小屋を大きな杉が見守っているようで感慨深かった。
 
南の島と言えど、4月の雨の夜は寒かった。寝袋に包まり8時前に寝ようと思ったら、ドヤドヤと老夫婦がテント場にやってきた。こんな時間に...?私が来た後おじさんが2人テント場に来ていたが、その仲間のようだ。ここからがひどくて、既に着いていたおじさんとガヤガヤと会話しながらテントを設営し始めたのだった。おばさんが「寒くて死にそうやわ~」と言っていたのが印象深かった。雨の夜8時に技量のない老人が避難小屋に到着するって遭難でしょ。会話を慎むなら百歩譲って理解するにしても、遠慮なくしゃべり続けており苛立った。思わず、静かにしてほしいと抗議したが、老夫婦のおじさんが「どうぞ寝てください」一言いうのみで腹が立った。私が騒いで他のテントの人達の迷惑となるのは本末転倒のため、不承不承引き下がり寝ようとしたが、いいタイミングで老人達が騒いだせいでうまく寝付けなかった。屋久島のような人の多い山はありえない人がいるという現実を知ると共に、こういう老人が遭難しているんだろう、と実感した。
 
■3日目、寝たか分からないまま朝5時前に起床し、濡れたテントを片付け避難小屋で朝食を食べた。避難小屋の方は3時過ぎには人がいなくなったそうで、5時過ぎには後輩K君とあと2人位しかいなかった。みんな宮之浦岳に日の出を見に行ったのかな?
この日は快晴、歩き出しと共に日の出となった。昨晩のモヤモヤとした気持ちが洗われた。

軽快に下ると高塚小屋に到着。ノッポの小屋で素敵な形だ。あとトイレの場所の見晴らしがよかった。
 
そこからちょっと下ると、明らかに樹皮の雰囲気が異なる樹が現れた。縄文杉である。

樹から離れたテラスからじっと眺める。樹齢3000年を超えるという説もある。燃えるような模様が最も印象深かった。他の屋久杉にはここまでのものはなかった。サイズは思ったよりも小さく、それ以上に積み重ねてきたものの重みを感じた。あわよくばもっと近くで見たかった...と思うばかり。
一歩一歩の積み重ねの末にこれがあるのを見れてよかった。ここにくることが出来てよかった。早朝で我々ともう1人位しかいなかったので、ゆっくりとみることが出来たのは更に幸運だった。
 
ここからは大樹の森に入る。屋久島の醍醐味はこの辺に詰まっているのだろう。大王杉、ウィルソン株、翁杉(跡)などがドンドンドンと現れて圧巻だった。大きくひび割れながらも在り続ける大王杉は印象深かった。ひび割れた黄金樹が実在したら、こんな感じなのだろうか。
ウィルソン株も空いててよかった。ハートマークのポイントは結構シビアだった。

また、樹木が絡み合い巨木を形成していたり、切り株や折れた杉から新たな巨大な杉が二本三本と生えている姿は命のサイクルを強く感じさせるものだった。

こんなところまで分け入らせてもらえることに感謝しながら歩いた
 
屋久島のハイライトである大樹の森を抜けると、レールの敷かれた舗装路に入った。トロッコ道である。多くの登山者が休憩しており、急に現実に戻ってきた気持ちになった。
 
ここからは白谷水雲峡への分岐まで、トロッコ道を歩く。ここではとにかく多くのツアー客とすれ違った。朝早く縄文杉に行って良かった。途中の森も緑に包まれており、巨大な杉の後もあり気分がよかった気持ちと、段々飽きてきた気持ちが同じ位あった。

そんな中現れた仁王杉は、猛々しい表情で私たちを迎えてくれた。
 
しばらく歩くと登りの登山道が現れた。ここから左折すると白谷水雲峡だ。今日は下りばかりだと思っていたのでげんなりしたが、森の雰囲気が大変良くて楽しく登ることができた。

また、公募で名付けられた屋久杉がいくつかあり穏やかな気持ちになった。特にかみなりおんじが気に入った。


森を登りきると有名な展望スポット・太鼓岩への道が現れる。直前の休憩所に荷物を置いて登る。10分程度やや急な道を登ると、太鼓岩へ到着した。岩の上からは、今まで登ってきた山々を一望できた。沢山歩いてきたことを強く実感できるのが、縦走の面白いところである。太鼓岩自体は、大台ヶ原の大蛇嵓と大変よく似た雰囲気の場所で大変見晴らしがよかった。

以降は白谷雲水峡のハイキングコースを歩く。意外と道は険しく、すれ違いも多かったので慎重に歩いた。途中、渡渉点があったが問題なく歩けた。増水時は確かに注意が必要である。

ゴールへの最短経路であるさつき吊橋が長らく使用不可となっているようで、やや遠回りをして飛流橋を渡り、美しい流れの横の舗装路を歩いてゴールの白谷雲水峡入口へ到着した。


バスまでかなり時間があったため、タクシーを使い宮之浦港へ向かい全行程を終えた。

下山後は宮之浦港周辺を探索した。屋久島観光センター2階のレストランで食べたトビウオ唐揚げが、食べ応えがあり大変美味だった。

この屋久杉観光センターにはバックパックが十分入るサイズのコインロッカーがあり、下山後の観光時に役立った。

 

この日は民宿に宿泊し、翌日宮之浦港周辺を探索するとともに、バスで永田浜を拝んで帰った。

民宿は非常に居心地がよく、外でテントも干すことができて助かった。売っていた木工製品は土産物かと思ったら、オーナー(祖父)の手作りということで大変驚いた。屋久杉のお盆がキラキラと輝いており購入した。コーヒーを運ぶお盆にしているが、積み重ねてきた歴史の一端がリビングにあるのが不思議な気持ちだ。ずっと大事にしていきた。

ウミガメ館を見学し、屋久島がアカウミガメの一大産卵地であることを初めて知った。丁度5月からは産卵シーズンに入るということで、翌日昼間にバスで永田浜を見に行ったのだった。永田岳から見下ろしたままのとても美しい海だった。砂浜には年季の入ったごみが思ったより打ち上げられており切なくなったが、この日もウミガメ保護活動をしているとみられる方が進入禁止エリアを作ったりしていたので、危険物は回収されているのだろう。
潮溜まりを探検するなどして宮之浦港へ戻った。
その他、宮之浦港周辺は栄えていたものの案外ふらっと入れるお店は少なく、その分歴史博物館やセンターの屋久島展示や映像などをとことん鑑賞した。結構詳しくなったと思う。
そうして最後まで歩き通して、夕方の飛行機で羽田空港まで帰ったのだった。
 

1か月で35日雨が降るとも言われる屋久島で、2日も晴れた山を歩けたのは幸運だった。今回5日滞在して雨に降られたのは1日だけだったので、5月は狙い目かもしれない。縄文杉、新高塚小屋までは雨の中でも十分楽しめると感じたが、それより先の森林限界を越えた先は過酷な登山になることが予想されるため、避難小屋も活用しながら晴れ間を狙って山頂を目指すのがよいと考える。また、縄文杉に至る最短経路である荒川登山口からの登山はどうしても混み合うため、時間に余裕があり登山経験がある方は淀川登山口から縄文杉を目指すのがよいだろう。それ以外にも沢山の登山道があるため、またいつか違うルートにもチャレンジしたい。

屋久島については今となっては大変良かったという気持ちでいっぱいだが、いざ島に生まれ、育ったとしたら島を早く出たいという気持ちになるかもしれない、と思った。恐らく刺激といえばパチスロくらいだろう。私の地元も過去住んでいた栃木も、大体パチスロしてる人達ばかりだったが、身近で得られる刺激がパチスロに収斂していく理由を体感したのだった。(初日の宿でパチスロの話を聞いた影響も大分あるが)

2024-05-11 北八ヶ岳 にゅうを巡る旅

1.山下真弓さんイベント

 5/11に守屋山にて開催されたYAMAPの山下真弓さんイベントに、妻が当選したということで現地に送っていった。諏訪の南に8時30分集合で朝5時過ぎに出発したが、なんとか間に合ってよかった。

 イベント終了は16時。眠かったらスーパー銭湯で寝ていようと思ったが、意外と眠くない。7時間強あるが何をして過ごそうか。地図を見ていたところ、意外と八ヶ岳が近いことに気付いた。そうだ、「にゅう」に行こう。急いで車を走らせたのだった。

 

2.にゅうとの出会い

 私が山を始めてすぐ、2018年に購入した山同人誌「三者山様」で「にゅう」が載っていた。静かな森の写真に表記ブレが激しい看板が乗っている見開きであったが、不思議な魅力があった。それ以来北八ヶ岳行きを度々計画していたが、天気が悪く中止になってついぞ行けなかった。赤岳とか冬の天狗岳〜硫黄岳は行っているのにね。意図せず何年か越しのリベンジとなった。

 この本、なんとBOOTHで無料公開されていた。ある意味私のバイブルなので、是非読んでほしい。

三者山様(PDF版) - やまのぐっず - BOOTH

 

3.にゅうに登ろう

 この日は時間制限もあったので欲張らず、白駒池から入りにゅうに行き、その後高見石小屋で揚げパンを食べて白駒池に戻ることとした。

 守屋山登山口から車で1時間、 入口のある麦草峠に到着。麦草ヒュッテにある無料駐車場は満車だったので、白駒池の方にある有料駐車場に駐車した。10時くらい到着だったが、こちらはまだ余裕があった。

 白駒池の入口から入ると、いきなり穏やかな森が始まりテンションが上がった。原生林と苔に覆われた森の中を、広い木道に沿って歩いた。

ちょっと歩くと白駒池に着いたので、行きは青苔荘側から回った。青苔荘には雰囲気のよいテント場があったので、いつか泊まってみたい。

 ここから池を回るとにゅうへの分岐がある。引き続き気持ちの良い木道が続く。その先、開けたエリアにでた。白駒湿原だ。予想していなかった光景で和んだ。

 ここから先は湿った森の中を進んだり岩っぽい道を登ったりと、八ヶ岳らしい道が続いた。開始1時間位経過したところで、開けたエリアに大きな岩があった。にゅう山頂だ。期待していなかったが展望は非常に良く、富士山と硫黄岳がキレイに見えて気分が上がった。

この日は澄んだ快晴でどこまでも見通せた。山頂でカップ麺を食べてぼーっとし、しばらくして高見石小屋へ向かった。

 来た道を戻り池沿いを通過し、高見石へのルートに入る。やや急だなと思って登っていたら、高見石小屋にある地図には「急な下り」と書かれていた。

 しばらく歩いて高見石小屋に到着。早速巨大な岩を乗り越え高見石頂上に立った。

にゅうの方が展望良かったためそそくさと戻り、名物の揚げパンを注文。コーヒーを挽いて頂いた。この時間のために今日があると思った。大満足だった。

年中苔むしてるのでいつ行っても楽しいことだろう。

「うずまき」

 

4.にゅう?

 さて、道中にはたくさんの標識があった。「にゅう」を示すものも沢山あったが、何故か表記が統一されていないのが面白い。私が出会った順に並べていく。

最初に出会ったのは「ニュウ」早速カタカナである。

次は「ニウ NI U」なにもかも違う。

ニュウ「NYUU」ローマ字まで表記が合わない。

「にゅう NYUU」初めてひらがな表記だ。

「にゆう」ひらがなにもバリエーションがある。

「に う」可愛げがあってほほえましい。

「にゅう NYUU」山頂の手前だし、きっとこれが正解なのだろう

「にゅう NEW」 NEW!?手前にあった正解とは何なのか??

「乳(ニュウ)」高見石小屋の分岐が近づくと、「乳」が現れ始めた。

「にぅ」 最後の最後に新しい「にゅう」が現れてずっこけた。

ここに載せきれなかった「にゅう」は、私のInstagramを参照ください。

https://www.instagram.com/p/C7QauMRPgZL/?igsh=cDBrdXZ0NzQ3M3Nw

16枚の看板には以下の通り記されていた。

1位:ニュウ…4枚

2位:にゅう、に う…3枚

3位:乳(ニュウ)…2枚

4位:にゆう、にぅ、ニウ、ニュー...1枚

(ローマ字編、併記されていたものを別集計)

1位:NYUU…3枚

2位:NI U、NEW...1枚

なんということだろう、地図にも記載された「にゅう」の表記は全体の2割弱だった。

また、地図上の英語表記は「Mt.Nyu」なので、一致する英字表記は1枚もなかった。

表記ブレは多少あれど、ここまで統一されていないのは不思議だ。八ヶ岳の中にも、この岩ぼっこの山をどう呼ぶかで勢力が分かれているのだろうか。

私の通った道でいうと、

・白駒池入口~青苔荘辺り:ニュウ

・青苔荘~にゅう山頂:ひらがな多め(にゅう、にう、にゆう)

・湖畔の高見石方面~白駒荘辺り:「乳」「にぅ」

という分布だった。看板設置者毎のこだわりが強く出ているのではないか、と私は感じた。

 

5.正式名称は何なのか

 「にゅう」について由来をインターネット検索で調べると、以下のような説明が出てきた。

・ヤマケイオンライン:「刈り取り後の稲を円柱形や円錐形に積み上げる稲わらの「にう」が語源とされる。」

にゅう (にゅう):2,352m - 山と溪谷オンライン (yamakei-online.com)

・遠くから見た形が「乳」に似ている(ヤマハックに記載有、出典不明)

・「丹生(にゅう)」:「赤沙」つまり「丹」を産するから「丹生」という地名がつけられた

大分市「丹生」の地名の由来を知りたい。 | レファレンス協同データベース (ndl.go.jp)

どれかが由来となっていそうだ。しかし明確な由来は見当たらなかった。

どのような経緯を辿って現在の形になったのかは分からずじまいだったが、この愛らしい呼び名と素晴らしい展望をもつ「にゅう」は、きっと昔から愛されてきたのだろう。

北八ヶ岳へ行く際は皆さんも「にゅう」の足跡を辿ってみて頂きたい。楽しい山行になることだろう。

 

以上

2024-05-03~04 甲斐駒ヶ岳 七丈小屋で遠くの友達と酒を飲む会

2024年5月、ゴールデンウィーク甲斐駒ヶ岳に登った。七丈小屋の小屋番である登山家 花谷泰広氏がSNSで以下の情報を発信していたのを、丁度七丈小屋で見ていたのだった。

【注意喚起】
小屋番からの報告があり、花谷のアカウントからも注意喚起をさせていただきます。
YAMAP等の登山SNSにて、「ピッケルやアイゼンを使用せずに登頂できた!」等の投稿を見て、ピッケルやアイゼンなし、さらにはピッケルを使用するのが初めて、という方が複数見受けられるようです。(続く) pic.twitter.com/EJFSAjvNb2

— 花谷 泰広 (@hana1976) 2024年5月3日

 

2024年の残雪期甲斐駒ヶ岳が実際どうだったか、一般登山者の目線で記録する。
 
1.行程概要
・日程
 2024/5/3-4
・経路
 5/3:竹宇駒ヶ岳神社→七丈小屋泊
 5/4:七丈小屋→甲斐駒ヶ岳山頂→七丈小屋(休憩)→竹宇駒ヶ岳神社
・パーティ
 30代男性3名
・持ち物
 一般的な小屋泊時の持ち物、シュラフカバー(インナーシーツとして)、アイゼン、ピッケル、ストックなど、雪山登山を想定した装備。
・標高差など
 ジオグラフィカのまとめ画像のとおり

大変だった!!!!!
 
2.事前準備〜5/2前日キャンプ
 甲斐駒行きを決めたのは4月頭だった。会社の元後輩K君と3年ぶりに山へ行こうぜと話していた。まずは北アルプスを検討したが、例年人が多く今年は大きな雪崩も起きていたのでボツに。
 あまり行っていない南アルプスはどうか?となり調べた結果、当時小屋が空いていた甲斐駒ヶ岳に登ることに決めたのだった。
 自ずとコースは黒戸尾根経由となる。事前のリサーチでは、雪の量は例年より少ないものの、小屋の裏から嫌な積もり方をしている様子だった。
 登れそうか現地で見て決めましょう、とK君と合意し、最近韓国から帰ってきた元後輩S君を引き込み3人で登ることにした。
 
 前日の5/2、2人を韮崎駅で拾い、甲斐駒ヶ岳の麓にある三景園キャンプ場で一泊。広いながらプライベート感のある非常に良いキャンプ場だった。

3.5/3 七丈小屋まで登る
 朝8時、私達は尾白川渓谷駐車場にいた。コースタイム的に7時間あれば小屋に着いているだろうと考え、この時間から登り始めた。この日は気持ちの良い快晴で、川の流れを感じながら林の中を歩くのは爽快だった。
 長い吊り橋を渡ると、いよいよ登山開始。早速急な坂で、黒戸尾根の洗礼を浴びた。
 因みに靴はLOWAの冬用ブーツ。初日は重たいばかりで強みを活かせる場面はなく、重ねて大変だった。
 そのうちフラットな道となり一息ついた。しばらく山腹を横に移動すると、再び急坂が始まった。黒戸尾根はこういったメリハリがしばしばあった。道自体は歩きづらい箇所は無く、むしろ気持ち良い瞬間も多かった。
 標高1,628mの表示がある辺りで休憩した。地図にはここから「長い急坂」とある。5月といえど既に汗だく。長丁場なので、水・塩飴・カロリーを意識的に摂った。アミノバイタル「ガッツギア」、非常に美味しかったので永遠のスポーツキッズの皆さんにオススメです。

 黙々と坂を登るとスパッと切れ落ちた岩の道が現れた。ここが刃渡りか。一見すると怖いが、しっかり補助もあるので丁寧に歩けば怖くないだろう。ただ、積雪期にナイフリッジの様になっていたら嫌と思う。

 刃渡りを越えてハシゴなどを乗り越えるとフラットな道に入った。黒戸山山頂を巻いているようだ。合間に富士山が見える場所があり、気持ちよく休憩できた。

 更に進むと、なんと下り始めた。せっかく標高をあげたのに…とボヤきながら歩いていると、突如巨大な壁が現れた。これが甲斐駒ヶ岳か…!と圧倒された。五合目は甲斐駒ヶ岳の全容がよく見える開けた場所になっていたので、しっかり休憩を取った。

 ここから更に下り五合目小屋跡までつくと、巨大な岩の右にはしごが見えた。ここから再び登りになるらしい。
この「屏風岩」の登り道が本当にきつかった。ここまで4時間、1,400mほど標高を稼いだところに、連続するハシゴと岩登りが襲いかかる。呼吸を整えないと前に進めない。かたやK君とS君は淡々と歩き続けており、全然敵わないなと呆然としていた。
 えっちらおっちら歩き続けると、40分後に小屋が見えた。12時45分、七丈小屋に到着。本当にお疲れ様でした。小屋までは雪は無かったが、一部氷が土と同化していたのでスリップには要注意。

4.5/3 七丈小屋で遠くの友達と酒を飲む
 七丈小屋の呼び鈴を押すと、小屋番のお姉さんが出てきて諸々案内してくれた。トイレは七丈小屋より30m奥と言われたので、先にお手洗いを済ませて小屋に入る。
 小屋は小ぢんまりとした造りである。一階は談話室 兼 食堂 兼 乾燥室で、二階が寝床となっている。寝床は横一列に並ぶ形で12名程度就寝可能。横とはシートで区切られておりプライベート感があった。
 予めナンバーが指定されており、テーブル、寝床、靴箱は同じ番号で管理されている。この日はいっぱいの12名程度が宿泊していたが、不思議と手狭感はなかった。
 また、水も1人2リットルまでは補給可だった。買うしかないと思っていたので助かった。
 
 ついて早速昼食を摂った。一階で火を使ってよいのは助かる。同時にK君がビールを3本買ってきてくれたので、早速飲んで労をねぎらった。S君は山小屋に泊まるのが初めて※ということで、大層楽しそうにしていた。気付いたら3本くらいビールが空いていてギョッとした。
※山岳部や山岳会での山行や沢登りが主活動のS君の環境だと、山小屋に泊まるハードルが非常に高いそうだ。

 更に七丈小屋には日本酒が五種類もある。この日は山梨の地酒、七賢を一つは熱燗、一つは冷で楽しんだ。特に冷の方は小屋番のお姉さんがグラス in 枡に並々注いでくれて最高だった。

 K君、S君とたまたま近くにいた方と4人で延々話していた。数年空いても、変わらず話せることにちょっと嬉しくなった。
 途中、ふらっと外に出て涼んでいた。トイレの奥にある第二七丈小屋のテラスからは鳳凰三山と富士山がドンと見えた。左下には韮崎あたりの街並みがあり、夜はキレイな夜景が見えて嬉しくなった。七丈小屋を出て左にはベンチの置かれたテラスがあり、北アルプスなどがよく見えた。しばらくここで日向ぼっこをし、また酒を飲んで喋っているとあっという間に午後5時、夕食の時間になった。夕食はカレー。おかわりし放題で大変美味しかった。
 
 夕食の前に、小屋番のお姉さんから甲斐駒ヶ岳山頂までのルートに関するアナウンスがあった。内容は花谷氏のSNSにも記載の事柄と、「山頂までの雪が溶けると非常に歩きづらくなるので早めに行くこと」という内容だった。
 とりあえず3時に起きることとし、午後7〜8時に就寝した。夜は予想外に暑くて寝苦しさを感じた。
 
5.5/4 甲斐駒ヶ岳登頂、そして下山
★以降の写真は以下URLをご参照ください。
 翌朝は3時過ぎに起床し、荷物をまとめて一階で朝食を食べた。朝食は小屋が前日夜に用意してくれたいなり寿司三つ。いなり寿司は大好物である。味もボリュームも満足であっという間に食べ終わってしまった。
 この間に他の宿泊者は続々と出発していた。外がやや明るくなった4時半に出発した私達が一番最後であった。
 
 小屋の裏にあるテント場を越えた所から雪が出てきた。雪が締まり固い場所もあったため、ここでアイゼンを装着してピッケル片手に先を進んだ。
 雪は状態が微妙に悪く、気を抜くと足がズボッとハマってしまいそうだった。一方で夏道は雪と岩が混在していて総じて歩きづらい。途中で日の出を迎えた。美しい光景に盛り上がった気持ちをそのままに、頑張って登った。
 長めの雪道を登り切ると開けた場所に出た。恐らく八合目御来迎場だ。これから登る甲斐駒ヶ岳は急峻で、どう登るんだ…とポカンとしてしまった。振り向くと北岳間ノ岳が見えてテンションが上がった。
 ここから先はしばらく岩登りが続く。アイゼンをつけながら岩をよじ登るのは一苦労だった。更に途中で2箇所ほど、長い谷を横切る形で雪道を通る必要があった。ここ落ちたら終わりだな…と話しながら慎重に歩いた。
 振り向くと二本の剣が陽の光に照らされていた。てっきり山頂に刺さっていると思っていたので、思わぬ光景に疲れが吹き飛んだ。道中にも沢山の剣や石仏があった。昔の人も、同じ景色を見て同じような思いをしてきたのだろうか。

 山頂手前のピークを越え、朝6時19分登頂。草鞋のかかった大きな祠を中心とした山頂は思いがけず広かった。雲一つない快晴の中、最も目を引いたのは白峰三山の急峻な姿だった。こんなマッターホルンのように見えるのだなと嬉しくなった。仙丈ヶ岳もカールに雪がたっぷりついているのが見える。清々しい気持ちで、皆で労を労いながら6時半に下山を開始した。

 山頂近くの雪や岩は、下りのほうが危なく感じた。アイゼンを引っ掛けないよう慎重に進んだ。
 テント場裏からダラダラ続いていた雪面は、降りる頃には柔らかくなっており大変歩きづらかった。いつ踏み抜いてもおかしくなかったので、枝の間をくぐり抜けトレースを参考に歩いた。7時位にこのコンディションだと、この後の時間はもっと歩きづらいだろう。小屋番のお姉さんが早出を促して理由がよく分かった。
 
 朝7時半に七丈小屋へ到着した。小屋の中で荷物整理し、後ろ髪を引かれる思いで朝8時に出発した。
 この後は一時間に一回休憩して黙々と下る。よくこんなに登ってきたな、と自分で自分を褒めていた。標高が下がるほどジリジリと暑くなり汗が止まらなくなったので、水と塩飴を適時摂取し乗り切った。
 朝10:50に駐車場へ到着し、無事怪我なく下り切ることができた。大変お疲れさまでした。

6.その後
 帰りは近くの浴場で2日ぶりの風呂に入りリフレッシュしてから、小淵沢近くの定食屋で飯を食べ解散した。
 冬靴で長く下ったため、両足にマメができた。また左足の人差し指が痛むな〜と思ったら爪の中が青黒くなっていた。靴の中でぶつかり続け、内出血したらしい。急いで下るもんじゃないと思った。マメは放っておいたら治った。
 くたくたになる山は大変だが、やりがいと達成感はその分大きかった。チャレンジを止めないようにしようと思った。
 
7.ヤマケイオンライン読者レポーターになった
 Webで募集していたので申し込んだところ、お眼鏡にかなったようで甲斐駒ヶ岳の記事を掲載していただいた。(以下です)
 やってきたことが認められたような気持ちになり、正直とても嬉しい。
 ただ文字数の関係でこの内容全部を入れることはできなかったため、ディレクターズカット版として残しておく。
 この作った素材をザッピングして仕上げていく感じ、まるでポンポさんのジーンくんになったような全能感。編集ってすごい。

2024-01-08 宝剣岳(雪山講習)

0.近況

2023年も色んな山に行けた。パノラマ銀座や北岳空木岳は行けてよかったとしみじみ思う。出張にかこつけて尾瀬日光白根山に久々に行けた。宇都宮はかなり好きな街だと実感した。記念日に前橋 白井屋ホテルに泊まったのも非常に刺激的で、名古屋大阪以外で住むなら北関東がいいなと思った。

年末はここ3年の恒例となった八ヶ岳、本沢温泉→硫黄岳に行った。驚くほど雪が少なかった。全行程チェンスパしか使わなかったし帰りには雨に降られた。本沢温泉を堪能できたので結果よかった。

 

妻が本格的に雪山を始めたいということで、12月に雪山講習@木曾駒ケ岳の予定を入れていたが悪天候のため中止となった。諸々装備を買いそろえ、準備万端の妻が意気消沈するのを見て悲しい気持ちになっていた。

幸運にも1月に振り替えることができたため、先日木曾駒ケ岳まで行ってきた。充実感を感じた一方、身につまされることもあったため記録する。

 

1.1/7 駒ヶ根前泊

1/6は中高の頃の友人とその友達(野郎30人!)の新年会があった。当時熱中していた太鼓の達人で繋がった人たちなのだが、再会するのは10年ぶりくらいのメンバーがほとんど。どうなることかと思ったが、会ってみるとみんな良い意味で変わりなく、タイムスリップしたような気持になった。当時は隠れオタクだったし、この繋がりが無かったら息が詰まっていただろう。あと当時見ていたコンテンツが「10周年!」「15周年!」となっているのを見るとビビる。あの時好きだったものは今も好きだし、歳は取ったがあの時の自分と今の自分は概ね同じ、相変わらず凝り性だと実感した。

1/7、15時発のバスに乗り駒ヶ根に移動した。到着すると駒ヶ根駅周辺は雪が降りシャッターが目立って寂しい印象を受けたが、要所の飲食店は開いていて賑わう店舗もあった。ソースかつ丼を食べ、クラフトビールを飲んで就寝した。

 

2.1/8 宝剣岳

朝7:30に、駒ヶ根駅で講師のエグチマウンテンガイド 江口さんと合流した。2022年頭に、銀と参加した伊吹山雪山講習でお世話になった以来だ。あの時は私と銀、おじさん2名の4人で受講だったが、今回は私と妻2名参加の実質プライベートレッスンである。

他のガイドさんを知らないので比較できないが、以前の伊吹山講習は大変タメになり雪山登山のレベルアップを実感できたので、今回もお願いすることとした。

(ご参考:HP)http://www.eguchi-mt.sakura.ne.jp/

駒ヶ根駅から出発し、途中菅の台でチェーン装備バスに乗り換え駒ケ岳ロープウェイ駅へ到着した。

ロープウェイの先頭には、白いメットをかぶり赤いウェアを来た面々が並んでいた。レスキュー隊の方たちである。前日に、宝剣岳千畳敷辺りで遭難者がいるニュースを見た。その救助に向かう姿だった。

newsdig.tbs.co.jp

意外と一般登山者と同じように向かうんだな。先行者も居たと思うが。

 

駒ケ岳ロープウェイを登りきると、外は暴風に吹雪で真っ白だった。9時についたが、風など収まる10時くらいから始めましょうということでロビーでぼーっとしていた。時折風がやむと、きれいな千畳敷南アルプスの山々が見えたのでバシャバシャ撮影していた。

10時前になると風が弱まり視界が一気に開けた。岩々しい山が真っ白に塗りたくられている。

よーく見ると、登山者がアリのように連なっている。レスキューの方を先頭にしているのだろうか、1時間弱でかなり進んでいた。前日までの雪で一面ズボズボのはずだから、ラッセルして進んだと思うとパワーすごすぎてビビる。

先行者の踏み跡を辿りながら私たちも登山開始。登る前に「せっかくだし宝剣岳登るか?」と江口ガイドから聞かれたので、二つ返事でOKした。夏も登ったことなかったから期待に胸が高まった。

 

しばらく進むと斜面が急になる。後続にも追い立てられながら、適宜休憩をはさみ登り詰めていく。上がるにつれて風も強くなっていった。こんなペースの我々に丁度よく合わせて歩いてくれるのはプロのガイドは流石だなと感じた。

 

1時間ほど登ると乗越浄土に到着した。すごい景色!しかし爆風でそれどころではない。

小屋の辺りで一時休憩しながら写真を撮る。

ここで予め装備していた簡易ハーネスにザイルを装着した。伊吹山でもロープは使わなかったので、ザイルで繋がったのは初めてだ。江口ガイドを先頭に三人連なり歩いていく。

真ん中になった妻は、前から引っ張られたりザイルが足に引っ掛かりそうになったりと歩きづらそうだった。真ん中が安全というが、不慣れな時は苦労も多そうだ。

剣岳へ取り付くまでが一番風が強く倒れそうになった。妻は風に煽られてこけていた。特に怪我無く良かったが危ない。時折耐風姿勢を取りながら進む。顔の地肌が出てしまっている部分が痛い。やっぱゴーグル要るか...と反省した。

 

ちょっと進むと鎖がついた細い道にでた。ここから宝剣岳に取りつくようだ。ピッケルを刺しながら歩いていくと、雪面に刺さったピッケルとツェルトが見えた。雪洞だった。

中にはザックなどの装備が見える。江口ガイドが中を覗いて人がいないか確認する。既に誰もいないようだ。恐らくこれが、遭難者が一晩を明かしたビバーク先だ。よくよく考えると、乗越浄土の開けたところでレスキューの方がブルーシートを広げて寝袋のようなものを包んでいた。あれが遭難者だったのだろう。

「なんでこんな風が強く危険なところに雪洞を掘ったのだろう?」「よくこんな立派な雪洞を掘れたもんだ」「ビバークに必要な装備を持っていて、緊急対応することが出来る知識とスキルがあったからこそ助かったのだろう」など、色々な感想がよぎった。一方で冷静な気持ちもあり、そのまま江口ガイドに連れられ先を進んだ。

更に進んだところで別の集団とすれ違いになった。非常に狭いところで5人くらいとすれ違う羽目になりヒヤヒヤした。よく見ると先頭はガイド、あとは連れられた客のようだったが、みな一様にストックで歩いており大丈夫か??と思った。あとガイドの指示も要領を得ない印象を受けた。江口ガイドも苦言を呈していた。相手も思うところあっただろうが、質もピンキリだな~と感じた。

 

最後、雪面を登りきると宝剣岳山頂についた。驚きの快晴であらゆる山が一望できた。

短時間の登りだったが、22年5月の火打山以来の本格的な雪山登山で充実感が漲ってきた。できないことができるようになる喜びや、文字通り壁を登り切った達成感は山が面白い理由だと強く感じた。しばらく景色を眺めてきた道を戻った。

剣岳の下りは私がリード、後方で江口ガイドが安全確保しながら適宜指示を飛ばす形で進んだ。当然下りの方が危なく、どう進めばいいか分かり辛かったので進むのに難儀した。私は四つん這いになってズボズボ下るのに割と慣れていたので楽しく進めたが、妻は相当怖かったことだろう。できる限り妻に進み方を伝えながら、何とか下りきることができた。

妻は「言われんでもわかっとるわい」という気持ちだったろうし申し訳ない。ただ、先行する立場として何も言わずに事故が起きてしまったら、後悔してもしきれないという恐れが間違いなくあった。

その他、つま先が冷えて足の指のサイズが2倍に膨らんだように感じた。これが悪化すると凍傷になるのだろう。次からは靴用カイロを絶対入れていこうと思った。

 

再び雪洞を横目に乗越浄土の方へ戻った。雪に埋まる小屋を風よけに休憩してから、雪山講習らしく雪面の昇り降りの方法やアイゼンでの石の上の歩き方を学んだ。これ最初にやってから宝剣岳行くべきだったのでは!?と思っていた。

 

訓練の後ロープウェイまで下った。ここでも平時の下り方や、石混じりの雪面の下り方を学んだ。妻が「西穂独標に登りたい」と言っていたのをかなり重視してくれていたように感じる。ある程度雪がついた状態なら、もう登れるだろう。

 

終盤、妻がスタミナ切れしていてかなりかわいそうだった。思い返すと昼食を摂らず進んできた。ただロープウェイの時間が迫っておりジレンマだった。

14:55のロープウェイにギリギリ駆け込み下山した。大変お疲れさまでした。帰りのバスでカモシカが出没、運転手が停まってくれてありがたかった。

 

3.感想

江口ガイドのおかげで安心して宝剣岳に登ることが出来た。私自身は復習が主だったので新規にどうこうという訳ではなかったが、初見のルートを安全に進むのは自分だけでは困難だった。伊吹山と比べると妻が新規に学べた内容は少ないように思えたが、その辺の基本動作は私から教えるようにという考えだったのかもしれない。

 

全身運動で雪面を登っていける楽しさ、誰も踏んでない道を自分で拓いていける充実感は得難いものだと実感した。車も手に入る予定なので、2024年は更に挑戦していきたい。

それと同時に、一歩間違うと取り返しのつかない状況になることも強く実感した山行になった。遭難した方のように、ビバークすることが出来ただろうか。不誠実なガイドのようにならず、正しい道を進むことができるだろうか。

1/13に妻が申し込んでいた雪山講習をオンラインで視聴していた。テーマは「”自己流”雪山登山者が陥りやすい危険」...(定義からすると、山岳会など組織に所属しない登山者を指していたので範囲は広すぎるが)正に私のことである。

とりあえず、ツェルトとスコップ買うところから始めようと思います。皆さんご安全に!

 

2023/08/16-17 北岳、間ノ岳

0.近況

 

7月は色んな山に行けた。

最初は二泊三日パノラマ銀座。蝶ヶ岳常念岳とどデカい山を歩くことができた。

初日の蝶ヶ岳は爆風でテント吹っ飛ぶ寸前までいったが、優しい老夫婦に助けられなんとか泊まれた。感謝しかない。

 

次は木曽駒ロープウェイから入り一泊二日空木岳。昨年同日に木曽駒ケ岳にてプロポーズした記念に、憧れていた山にアタックしたがこれも非常に大変だった。

檜尾小屋キャンプ場は素晴らしい場所で、空木岳へ向かう稜線も最高だったがなんせ長い。厳しいアップダウンと岩登り、山頂からの1,700m下山(悪路あり)とてんこ盛りだった。

大変だったが妻もなんとか踏破できていてよかった。尊敬だ。しかも翌週富士山に登っていてすごすぎる。

 

そして夏休み、こんにちは〜かほですの動画をきっかけに北岳間ノ岳へチャレンジすることを決めた。

南アはちょいちょいいったが、日本で二番目に高い場所に登るのは初めてだ。ワクワクしながら計画を立てたのだった。

 

1.8/16 甲府で前泊

当初は8/15に前乗りし8/16-17、北岳肩の小屋泊を計画していたが、台風直撃のため断念し日程を1日ずつ後ろ倒し、またテン場の予約が可能な北岳山荘へ泊まることにした。

8/16は台風一過で晴れるだろうと見積もったが、結局天気が悪そう。

もう一日後ろ倒しを検討したが、北岳山荘が空いておらず諦め、当初予定で行くことにした。

 

8/16はバスで甲府へ移動した。昼過ぎに到着し街を散策する。カフェで旬の桃を食べることができたのがよかった。

しかし夕食は選択肢が少なく困った。名物がほうとうとフルーツ、吉田のうどん位しかない。店舗もあんまり空いていない。困って地元料理メインっぽい居酒屋に入ったが、まあそこそこだった。

前来たときも困りに困って謎のステーキ屋に入った覚えがあったが、状況は変わっていなかったようだ。コンビニで色々買い込みさっさと就寝した。

 

2.8/17 広河原→八本歯のコル→北岳山荘

朝3時に起床し、4時にホテルを出た。バスは4時半くらい発だが、着いたら既に人が並んでいた。

その後も続々と人が並びだし、40名弱が待つ状況になった。

そして到着したのは至って普通の路線バス。もぎりのおばちゃんが言うには、座れるのは24名。

広河原まで2時間かかるが、立ちっぱなし出るか…?と思ったらホントに出た。早出したお陰で私らは座れたが、見てるだけでも辛すぎる。

バスは以前仙丈ヶ岳に行った以来か。非常に険しい道をバスは走っていく。文句はあるが、運行してくれるだけで感謝だ。

 

6時半位に広河原へ到着。広河原山荘がキレイになっており印象が変わった。

ここで給水し朝食を摂り、7時過ぎに出発した。水はビジターセンターの横で汲めます。

最短経路の大樺沢ルートは長らく通行止め(多分今後も通れない)のため、白根御池小屋の方へ向かった。

 

最初から結構な急登で南アの洗礼を浴びた。2時間ほど登ると横へ移動する形の道になり、登らずに済んだが細かいアップダウンはあり楽ではなかった。

森はすごくいい。苔と背がそこそこの木々を見ると南アっぽいなと感じる。

 

白根御池小屋で一度休憩&給水。水が汲み放題で美味しくて助かる。

ここからの道を検討した結果、天気が崩れる可能性が高かったためさっさと北岳山荘へ行くべく、八本歯のコルを経由して登ることにした。しかしこれが大変だった…。

大樺沢二股からの道は川沿いの尾根に取り付き上まで登り詰めるルートになる。これがガレている上細いやら崩れるやらで歩き辛かった。そもそも傾斜もある。

更に途中、10時位に雨が降ってきた。想定よりずっと早い。最初は降って止んでを繰り返したが、途中からは本降りになり、結局深夜まで降り続いたのだった。

4時間強雨に降り続けられて山を登ったのは初めてだ。しかも雨のピークと傾斜のピークが重なり心も身体も大変だった。それでも自分はまだいいが、妻は一層しんどかったようで…本当に良く頑張ったと思う。

全身濡れすぎて途中からどうでもよくなってきた。ラジオで「大雨で一定以上濡れると気にならなくなる」みたいなことをARuFaが言ってたが、ホンマそれやなと思った。

 

八本歯のコルからはキツめの階段、ハシゴが連続した。これもびしょ濡れで登るのはメンタルにくる。防水のはずの手袋を絞ると水が漏れてくる。ファイントラックのこれ、意味あるんやろか…乾きやすいのはメリットだったが。

白いもやに包まれて、北岳バットレスが見えた。迫る岩壁の巨大さは、今まで見た中でもトップクラスではないだろうか。初めて涸沢へ行く途中に見た雨の中の岩壁を思い出していた。不思議と頑張ろうという気持ちになれてよかった。雨がひどすぎて写真を撮れなかったので、あの威容は頭の中にしかない。

 

ある程度登り切ると雨が弱まり、北岳山頂や稜線が見えた。ここで行動食を食べ一呼吸つく。結局昼飯も食わずに乗り切ったので本当に頑張った。

そこからは1時間半くらい、雨の中稜線を歩いてなんとか15時に北岳山荘へ到着した。この頃にはパンツまでびしょ濡れ。靴は奇跡的に大丈夫だった。

 

テント泊の予定だったが、何もかも乾かないし夜冷えるリスクがあったので急遽小屋泊へ切り替えた。キャンセルもあったのだろうか、泊まることができて一安心した。

小屋泊は結構久しぶり。服を乾かしラーメンを食べ昼寝をして過ごす。毛布が二枚あってよかった。パーテーションにストックを渡して物干しにしている人がいたので、真似してあらゆるモノを乾かしていた。尚、乾燥室に入れていたものたちは大して乾かなかった。

 

6時すぎにパスタを作って食べた。北岳山荘の自炊室はごく限られた土間のようなスペースであり、順番待ち必須かと思ったが意外と夜、朝と座ることができて助かった。2人で作ると効率が良いのでありがたい。

 

小屋は水を引いているらしく使い放題、トイレは水洗便所で非常に清潔だった。北岳肩の小屋は水源がないので、この差は大きい。総じて快適な小屋だった。何より北岳の真下。間ノ岳へ往復3時間弱かつ荷物デポできるこの立地は素晴らしい。泊まってよかった。

 

3.8/18 間ノ岳北岳→下山

朝3時に起床。外に出ると満天の星空!昨日ひどい目にあったかいがあった。夜通し干していたズボンとレインウェアは湿りきっていたが、着干しだと言い聞かせて着用した。

ファイントラックの長袖は濡れっ放しのため諦めた。コイツ暑いし乾かんし良くない服なのでは?と最近感じる。レイヤリングシステムへの信用なくなったな。長袖速乾ウェアでいいやつあったら買います。

その間、夜の撮影にトライした。思うようにはいかなかったのでリトライしたい。

 

色々と準備をして4:50出発。歩くうちに日の出し、どんどん北岳が赤に染まってきた。

この日は雲海、富士山、後ろに北岳前には間ノ岳と素晴らしい景色だった。荷物はデポして身体は軽い。実は新しいカメラのデビュー戦だったがやっと活躍の時が来た。

 

間ノ岳への道はそんな危険な場所もなく歩きやすかった。中白根山などちょいちょいピークをこえて、6時半位に間ノ岳に着いた。

正面には果てしなく続く南アの山々が見えた。ここまで来ないと、間ノ岳に隠れてこの景色は見えないのである。

農鳥岳〜赤石三山以南は未踏の地だ。以前峠から山並みを見たことはあったが、たおやかな稜線を上から眺めるのは全く様子が違う。これを伝って歩けるんだというロマンとスケールのでかさを感じた。

 

反対には遮るもののない一面の雲海と富士山が見えた。絵になる景色。

間ノ岳山頂はだだっ広く、楽しく過ごせた。以前この稜線で落雷があり若者が死んだニュースを見たが、そんなことは微塵も感じさせない穏やかさだった。

https://hra-lifestyle.com/2019/08/%E5%8D%97%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%97%E3%82%B9%E3%80%8C%E5%8C%97%E5%B2%B3%E3%80%8D%E3%81%AB%E3%81%A6%E8%90%BD%E9%9B%B7%E4%BA%8B%E6%95%85%E3%81%AB%E9%81%AD%E9%81%87%E3%80%82%E5%91%BD%E3%81%AE%E3%81%82/

なんと第1発見者の記事が出てきた。事故のあった中白根山の辺りは普通の道だった。悪天候でも突っ切れるだろう。ただこのリスクは常について回る。忘れてはいけない。

 

しばらく過ごして北岳山荘へ戻る。こちらから見る北岳は非常に格好良い。

小屋に戻ってデポしていた荷物を整理していると、ヘリが来るということで隅に追いやられた。大天荘に泊まったときヘリの威力を思い知らされたので、そそくさと引き下がった。妻はこのせいでしばらく小屋に近付けなかったようだ。

 

再度リュックを背負い直す。やはり重い。これを担いで8時半に出発。帰りは北岳→肩の小屋→草すべり経由で下山した。間ノ岳北岳山荘にサヨナラバイバイ

北岳山頂に近づくほどに雲が上がってきた。北岳山頂と前にドンといる仙丈ヶ岳以外は、概ね雲に埋まっていたように思う。さっきまでいた間ノ岳も雲に覆われていった。これはこれでいい景色だ。

この登りは妻に大変堪えたようだった。初日から予想外の靴擦れと豪雨にシバかれながら、結果使いもしなかったテント泊装備を背負って登るのはそりゃキツイ…と思いながら一緒に登った。

間ノ岳は軽快だったから、荷物重量の影響の大きさを感じた。軽いに越したことはない。

 

1時間半位して北岳山頂に到着。日本で二番目に高い場所にきたのか…と感無量だった。

山頂は結構広く、草も生えており虫が結構居たのが印象的だった。北ア、中央アのデカい山は岩しかない(主観)から、南アらしさを感じた。ドンとでかい山が各々そびえ立っているように感じるのは、合間にハードな下りと緑があることが大きいだろう。

 

そして引き続き富士山が大きかった。仙丈ヶ岳から見るとちょうど北岳があって富士山がオマケ位に見えたので、印象大きく変わった。日本で一番でかい山がこんな形なのは不思議と嬉しくなる。国の誇りがあるとしたらここかなと思う。

 

北岳肩の小屋でも休憩した。小屋のロゴがいい感じだったのでTシャツを買った。

 

このあたりは仙丈ヶ岳がよく見える。雲に隠れがちだったが甲斐駒ヶ岳も見えて気分が良かった。

草すべりはそこそこ急だったが、総じて八本歯のコル経由の道のほうが急で荒れててしんどかったと感じる。草すべりを歩かずやや緩やかに登れる道もあるので、登る人にはどっちにしても肩の小屋経由の道をおすすめしたい。

 

白根御池小屋についたのは13時前。帰りのバスは14時か16時40分だったので、ここで14時のバスを諦め長めの休憩を取った。

 

昼飯は何故か売ってた台湾スイーツ豆花を食べた。巨峰とレモンとはちみつ味、美味しかった!

段々曇ってきたが、ここでぼーっとできてよかった。名残惜しさもありつつ、帰りのバスには意地でも座るぞと覚悟を決めて13時40分に下山開始。

下りはそこそこ急、よく登ってきたなと思う。人はたくさんいたので安心感があった。なんならこの時間から登ってくる人もいた。白根御池小屋に泊まるんだろうか?意外と遅出である。

 

15時20分くらいに広河原へ到着した。お疲れ様でした。

バス並んでるかと思ったが全然並んでなかった。なんなら2両できたから、絶対みんな座れる体制だった。もっとゆっくりできたなーと思ったが、到着直後に雨が降ってきたので早めに降りて助かった。

バスが来るまでは外のベンチで片付け、ストック洗い、新しくなった広河原山荘物色などしていたら16:30くらいになっていた。

 

帰りはバスで甲府まで一直線。山道は大変険しく、改めてバスに感謝した。

甲府駅ほうとうを食べるつもりだったが、甲府市街混雑のため到着が遅れタイムオーバー。急いで吉野家で飯を食べ、お土産を買って帰りはあずさで塩尻→名古屋と特急で帰った。

あずさが遅延して塩尻への乗り換えがギリギリになった。JR許すまじ。そして最後の特急しなのは相変わらずひどい。今日は暑いし。本当に嫌い。

11時すぎ、帰宅してやっと風呂に入れて一息ついた。

 

翌朝、写真を現像するため色々試行錯誤していた。

ソニーの無料画像編集アプリはまあまあよいが細かい加工ができない点が非常に不満。まあ仕方ないが。軽い割に総じて写真はよく撮れており、α6400買ってよかったなと思った。

 

4.所感

 南アルプス仙丈ヶ岳鳳凰三山と登ったが、主脈の白峰三山に登るのはこれが初めて。ようやく南アの核心に踏み込めたと感じる。

道は険しい箇所も多く、何より登りは1,750mと日当たり獲得標高(+)としては過去最高だった。そんな山でも何だかんだ歩き通した妻に驚きと感謝しかない。

間ノ岳から初めて見る南アの深淵部は、非常にスケールが大きく胸が踊った。巨大な山をよく見ると尾根が繋いでいる。次はこれを歩いてみたいなと思って下山した。

日本で二番目に高い場所にこれたという気持ちも新鮮だった。富士山も登ったら1〜3番目制覇となるので、また来年チャレンジしてみたい。

あと前のオリンパスペンがいよいよ壊れたので新たに買ったソニーα6400。前のより軽くて性能高いから言うことない。でもレンズ追加しないと撮れないものもあるから迷うな。写真好きな人に勉強させてもらおう。